中井 正一

[史料を訪ねて]一覧

市立竹原書院図書館にある史料

中井正一 京大文書館と竹原市図書館

公開日
2017/03/30
取材日
2015/09/04(文書館), 2015/11/28(竹原)

原稿などを所蔵する『京大文書館』と写真などが残る『市立竹原書院図書館』

中井正一は1900年(明治33年)、広島県竹原町(現 竹原市)に生まれた美学者・哲学者。京都帝大の哲学科から大学院に進んだ。西田幾多郎や田辺元の弟子たちの中でも面倒見のいい人物で、周囲から頼られることも多かったという。会誌『哲學研究』の編集にも携わっていた。

1936年(昭和11年)には代表的な論文とされる『委員会の論理』を発表。1933年(昭和8年)の《滝川事件》の際には、学生の抗議運動の中で重要な役割を担ったことで知られる。戦後は、私の出身地でもある尾道の『尾道市立図書館』の館長に就任。広島の文化運動を推進し、広島県知事選に立候補している。その後、『国立国会図書館』の副館長や『日本図書館協会』の理事長を務めていたことでも有名。戦後日本の図書館界に大きく貢献した。

近年、中井を再評価する機運が高まってきている。京都学派は一般的に国家主義的なイメージがあるが、中井はその中でリベラルな人物として見られている。同じ“左派”であっても、政治犯として獄中死した三木清や戸坂潤と異なって戦後まで生き抜いたこともあり、広く興味を持たれているようだ。

中井の史料に辿り着くまで

今回、京都学派アーカイブを制作するにあたって中井の史料も探すことになったのだが、最初はどこに何があるのか全く分からなかった。ところが、文学研究科院生の橋本雄太くん(現在は、千葉県佐倉市の『国立歴史民俗博物館』の助教)が、「ミシガン大学で中井正一の話を聞きました」と言う。『SMART-GS』の講習会のためにミシガン大学へ行った際、「むかし中井正一の研究をしていた」という方の名前を聞いていたのだ。

そこで橋本くんがミシガン大学で知り合った方を通して、件の中井正一研究をしていた方に連絡してもらったところ「日本に藤井祐介さんという、中井の研究者がいる」との情報を得た。そこからweb検索。藤井さんが元・京大の関係者であることを知る。しかしそれ以上の手がかりがない。さらにwebであれこれ調べてみたところ、藤井さんが東本願寺関連の仕事をしていたことが分かり、西田史料を通して交流のある東本願寺の僧侶・名和達宣(なわ たっせん)さんにお願いして、ようやく連絡を取ることができた。

藤井さんとはお会いしないまま封書でのやり取りとなったが、その中でなんと「中井の史料は京大にもあります」という驚くべき返信をいただいた。中井家が持っていた史料を『京都大学大学文書館(以下、“文書館”)』に寄贈する際、藤井さんがいろいろな手続きを請け負ったらしい。こんな身近なところに中井の史料があったとは!さらに、中井の長女である岡田由紀子さんの連絡先も、藤井さんから教えていただいた。そこで岡田さんにも「京都学派アーカイブに、中井正一の史料を掲示させていただきたい」という主旨の手紙をお送りしたところ、岡田さんから非常に美しい文字で「父が喜んでいると思います。見守ってくれているような気がします」という丁寧なご快諾の返信をいただいた。

京都大学 大学文書館

こうして中井の“史料を訪ねる”ことになり、まずは2015年9月4日(金)、すぐ近くの『文書館』へ。『文書館』は2000年(平成12年)に設置された。「公文書管理法に基づく特定歴史公文書等その他の京都大学の歴史に係る各種の資料の収集、整理、保存、閲覧および調査研究などを行うことを目的(公式ホームページより)」としている。

史料は段ボール3箱分

ここに所蔵されている中井の史料は、おもに直筆原稿やメモ類。論文のほか、NHKラジオ放送「日本の美」の直筆原稿などもある。史料は段ボール3箱分。封筒に入って整理されていた。写真右は、『文書館』教授の西山伸さん。左は、同助教(撮影当時)の坂口貴弘さん。

向かって左から文書館教授 西山さん、同助教(撮影当時) 坂口さん

『文書館』の解説によると、寄贈された当時、どうやら生前の中井が整理していたものが古い封筒に、没後に関係者が整理したものが新しい封筒に入れられていたようだ。『文書館』で整理と目録作成をおこなう際、これらの秩序をできるだけ維持することを最優先させたとのこと。現在、14項目の分類で保管されている。

中井直筆の史料

市立竹原書院図書館

中井の史料は『市立竹原書院図書館(以下、“書院図書館”)』にも収蔵されていると藤井さんに聞いたので、2015年11月28日(土)、竹原市を訪問。ちょうどこの年の春までNHKの連続テレビ小説『マッサン』が放映されており、主人公のモデルとなった竹鶴政孝が同市の出身だったことから、JR竹原駅前にのぼりが立っていた。

のぼりが立つJR竹原駅前

『書院図書館』は運営を外部に委託しているらしい。対応してくださったのは、地元の女性で非常勤とのことだった。こちらは写真史料や中井の蔵書がほとんどだが、じつは写真史料というのは扱いが難しい。誰が写したのか、一緒に写っているのが誰なのか、古い写真だと分からないことが多いからだ。中井の長男である中井浩氏が、1991年(平成3年)にこれらの史料を『書院図書館』へ寄託した際の手紙でも「(中井の両親である真一・千代夫妻の写真を差して)一緒に写っている人については、私にも分からない人の方が多いのが実状です」とある。

写真史料

滞在時間が短かったため、どんな史料なのか内容をきちんと把握できないまま、とにかく写真を片端から撮らせてもらってきた。しかしよく見てみると、尾道の住吉神社など、私が子どもの頃によく遊んでいた場所も写っていて懐かしい。中井は竹原生まれで尾道育ちなので、もしかすると中井の育った家はうちのすぐ近所にあったのかもしれない。そして、訪問時は気づかなかったが、後から撮影したものを見てみると、史料が丁寧に整理・分類されているようで目録も作られていた。

中井の史料

中井の史料

丁寧に作られた写真目録

詳細な分析は未着手のままとのことだが、『京大文書館』『書院図書館』とも目録がきちんと作成されており、史料としてかなり貴重なものと言える。今後、中井とその周辺を含めた思想史を研究する者にとって、非常に有益な資料となるだろう。

本取材にご協力いただいた方

編集部一同、ご協力に心より感謝申し上げます。
京都大学大学文書館
市立竹原書院図書館

  • 藤井 祐介 様

    中井正一 研究者

  • 西山 伸 様

    西山 伸 様
    京都大学大学文書館 教授

  • 坂口 貴弘 様

    坂口 貴弘 様
    京都大学大学文書館 助教(取材時)

  • 市立竹原書院図書館の皆様


本探訪レポートは、訪問者 林 晋の口述を元にして、林監修のもとでライター高橋順子が原稿を作成しました。

谷川 徹三の
更なる史料情報求む。

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